「伝える」  

 

今日は、久しぶりに時間が取れたので、娘のスイミングスクールに行ってきました。
久しぶりに見る娘の泳ぎっぷりに、ものすごく成長を感じ、
子供の成長って本当に早いな、吸収力ってハンパないなってそう思い、久しぶりに父親っぽくなっていました。

そんなことを思いながら、見ていてひとつ感じたことがあります。

それは、「伝える」ということです。

スイミングスクールですから、当然生徒と先生という構図になります。生徒はほとんどが小学生。
数人のグループに分かれて、レッスンを受ける形。そのひとつひとつのグループに先生が、一人ずつ付いて担当をしてくださり、レッスンを行ってくれます。

では何を思ったのか?

それは、「伝える」ということです。

どういうことかというと、あるひとつのグループでは、生徒が熱心に先生の話しを聞きながら、実践している。
あるもうひとつのグループでは、生徒が全然先生の話しを聞いていない。

中の様子をガラス越しに見ているので、先生と生徒の会話は全く聞こえてきません。ですので先生方がどのような話しをされているのかはわからない。
また、生徒たちもグループごとに年齢の差はほぼなく、水泳レベルも同じくらい見える。(推測ですが)

一方のグループでは伝わっているのに、一方のグループでは伝わっていない。
ん〜この違いは何だろう?

では、何がその二つの違いを生んでしまっているのか?

それは、伝える側がどのような意識で、伝えているかということです。

どういうことかを伝えていく前に、皆様に少し考えてみてほしいのです。
皆様が相手に対して何かを伝えるとします。その時の皆様の頭の中はどのようになっていますか?

・皆様が伝えたことが、相手に「伝わっている」。
or
・皆様が伝えたことが、相手に「伝わっていない」。

随分と違いますね。

では、私の考えはこうです。

「伝わっていない」 です。

どう言うことか。

それは、人間というのは何か物事を認識するには、言葉を通じてしか理解ができないのです。(このことについての詳しい内容はまたの機会にお話します)
その言葉をどのように理解したのかというのは、言葉ひとつひとつを人それぞれどのように解釈したのかによって違いがあるため、本当に理解されているのかどうかはわからないということです。

もし仮にですよ頭の中がパカって開いて、その頭の中にある言葉と自分が伝えたい言葉が一致していたとしても、その頭の中にあるひとつひとつの言葉を相手がその先どう解釈していくのかはわからないのです。そもそも、自分の頭の中にあることですら、自分でも表現できていないのですから。

例えば、自分の頭の中にあることってありますよね。まだ言葉になっていない、ボヤって浮かんでいるようなこと。私たちはそれを「私的言語」としていますが、この頭の中にある「私的言語」を言葉(音声や文字)にアウトプットしたとします。
そうすると、頭の中にあったことですから、そのまま表現できていると思っていますよね。自分のことですから。

しかし、頭の中にあった私的言語とアウトプットした言葉(音声や文字)が100%一致することなんてないのです。
なんか思っていたこととちょっとだけ違うけど、他に言いようがなし、別にそんなにズレてないからこれでいいかなってしているだけです。その方が楽で都合がいいので。
ただただ、そうやってアウトプットしているだけなのです。

ですから、自分のことですらそうなのですから、他人のことなんて分かりようがないんですよ。

今回のこの「伝える」と言うテーマだって、
私が思っているテーマという言葉の解釈と、読んでいただいている皆様の思っているテーマという言葉の解釈もまた、絶対に一致しないと言うことですね。

さて、先ほどの話に戻りますが、
二人の先生には、ちょっとした「差」があるんです。

それは、受け手側に意識を置いて話しをしているのかと、伝える側に意識を置いて話しをしているのかという「差」です。
どちらが良いとか悪いという話ではありません。

例えば、相手に対して伝えることが「伝わる」と思っている人と、「伝わらない」と思っている人で分けてみてみましょう。

・「伝わる」と思っている人の場合。
こんなに分かりやすく言っているのに、伝えていることが何でわからないんだ!

・「伝わらない」と思っている人の場合。
どういう言葉を使えば、わかってもらえる?理解してくれるだろう?

この違いわかりますか?

そう、意識をどちら側に置いて考えて話しをしているかということです。
相手側に意識を置いて考えて話しをしているのか、自分側に意識を置いて考えて話しをしているのか。
どちらに意識を置くかという、「差」だけなんです。
しかし、このちょっとした差、「微差」がすごく重要で、のちにこの「微差」が「大差」となっていくのです。

この「微差」を見過ごすことはできますか?

相手に対して、自分が伝えたいと思うことが絶対に「伝わらない」とわかっていて「一致しない」とわかっているからこそ、
今自分ができるベストの言葉を尽くして、思考し尽くして何とか、相手に伝えようって思うのです。
どうすれば、どうやって伝えれば伝わるのかを考えて考えるのです。そう伝わらないとわかっていてもです。

私はこのような「考え方」です。

どうですか、皆様はどちら側に意識を置いていらっしゃいますか?

 

株式会社ソアサービス研究所

小島 崇

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