Viewpoint to doubt. 「疑う」という「視点」

「もっと疑おうよ」
疑うという視点を見失ってしまった現代。

今朝の話しです。
娘が、「ねえ、なんで明日(あした)のことを、明日(あす)っていうの?」と質問してきた。
「(あした)だから、短く言うなら(あた)とか(あし)じゃないの?」教えて~。と。

ん、なんでそう言うのだ?

自分の知識乏しさに痛みを感じながら、Google先生に教えてもらう。

明日(あす)とは「あかす(明かす)」の略。真ん中の「か」を略して「あす」と言うのだそうです。
なるほど。自分の知識乏しさに痛みをまた感じる。(本日2回目)

なぜ今回、このことを書こうと思ったかと言うと、この「疑う」が最近見当たらないのです。

幼い頃は、いつも「なんでなんで~」って色々なことに疑問を抱いていた。そう今朝の娘のように。しかし、大人になるにつれて、私たちは疑問、そう「疑う」と言う視点自体を見失ってしまっている。見失っていることすら感じていない始末。

だから、この「疑う」と言う視点を今回考えてみたいと思う。

私たちの目の前にあるもの、今見えていること、今ある環境が全て当たり前のようにあると思っている人が多いし、当たり前のように成り立っていると思っている人が多い。

でも、本当だろうか?本当にそうなのか。成り立っているのだろうか?

と疑問を抱いてみる。

そして、「疑う」ことが見当たらないということは「考える」も無くなってきているということ。もし、「考える」があるとするなら、それは単に選択をする時の「考える」だけなのだと思う。

「成り立っていない」

この世の中が、成り立っているとか、成り立っていないというような概念がないと思う。
まあ、このことはまた後で話をするとして、
何がまずいのかというと、「考える」ということをしない人が圧倒的に多いということ。
特に仕事で「考える」をしない人が最近本当に多く感じる。

私は、先月までサラリーマンをしていた。サラリーマン時代も思っていたが、今は特に思う。

なぜ、考えないのかについては、会社の雇用制度について大きく2つの理由がある。
ひとつは、終身雇用。
そしてもうひとつは、固定給。

終身雇用・固定給に共通するもの。

それは、安心を求めているということ。
会社に属していれば、定年までその会社にいることができる。要するに会社に入ってさえしまえば、あとは安心という感じだ。

そして、毎日会社へ決まった時間に行けば仕事があるし、決められたことをこなして、みんなで決まった時間に昼を食べ、決まった時間に退社して帰る。

この決められたことを守って、間違いなく忠実にこなしていくことだけを考えていればいいのだ。

でも、この制度本当に安心なのか?

いやいや時代は流れているし、日々変化している。

皆さんもご存知だと思うが、安心制度を疑っていなかった人たちにはショッキンングがニュース記事があったと思う。

今年の5月13日に豊田社長が発言されたコメントが興味深い、

「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」

また、「働かない50代」問題が顕在化しているし、
「会社にぶら下がっているだけの社員」なんて言い方もされてしまっている。

こんな記事もあったのをご存知だろうか、

体脂肪計で国内シェア首位の健康機器メーカー、タニタは、2017年に新しい制度を導入している。タニタの社員が「個人事業主」として独立するのを支援するということ。

「働く人と会社の関係性そのものを根本的に見直すべき」

と言っています。

そう、時代は急速に変化し、今までの当たり前が当たり前ではなくなろうとしています。

これまでの安心。本当に安心?

でもこの「安心」制度が破綻した場合はどうなるのだろうか?

だから今、この「疑う」という視点が重要なんです。

私の尊敬する Jean touitou(ジャン・トゥイトゥ)もこんなことを言っています。

「優しい」という言葉が好き。日本人の優しさは文化的にも良いよね。その一方で、制度に対して十分に疑問を持っていないんじゃないかな。自分たちに対しても。

今あることをそのまま受け入れない、当たり前だと思わない。
こう言った「視点」を持つことがこれからも重要であるということ。

歴史も振り返ってみれば、今までの常識を疑い乗り越えてきている。
例えば、「神」の存在が信じられていた時に、「神は死んだ」と言い放ったニーチェ。
哲学という考え方自体を葬り去ったウィトゲンシュタイン。

皆、今までの常識や考え方を「疑い」乗り越えてきた。

私は思う、
近年の日本が先進国として遅れてしまっている現状は「疑う」という視点を見失ってしまっていたからではないのかと。

そして、今の日本は、成り立っているように見せているが、本当は全然成り立っていないのだ。

重要な視点のひとつ、「疑う」という視点をこれからも考えていきたい。

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